プロフィール

こんにちは!底辺下剋上系留学卒業生こと当ブログ”ライフタイムラーナー”管理人のJINと申します!

イギリス5年間+の生活の中で自分が知っておけばよかったー、これ知っておけば海外生活もっと楽にできたんじゃね?そして自分が発見した面白い情報をこのブログで還元そして発信していきます!

当ブログ管理人プロフィール

超簡潔にこれまでの人生の振り返りを…

自分語り的な要素を含むのでそういうの好きじゃない人は飛ばしてねー

  • 1993年10月30日 愛知県に誕生
  • 誕生~小学校卒業

特筆する事はない、スポーツくらいしか大した取り柄は無かった。

ただそのスポーツもムラがあり過ぎてサッカーの大会で最優秀選手賞を何回か貰った事があるが凄く良いプレーをたまにしても次の試合からずっと全くダメ、また1回だけ活躍するという事が多く基本定位置は2軍、2軍のキャプテンであった…

絵に描いたような気分屋で忘れ物多いじっとしていられない子供。

ただ作文とか読書感想文を書くのは恐らく学年一速かったと思う(内容が伴っているとは言っていない)

  • 中学1年(13歳)

母親に勝手に履歴書を芸能事務所に送るというエピソードがよくテレビでやっていますが、正にそれをうちの母親にやられる。

書類選考、一次選考を通過した事さえその日まで知らされず行く先を騙された挙句オーディションに連れていかれる。

駄々をこねて拒否すれば逃れられたと思うけど少しだけどんな世界か気になって言われるがままに。

小学校の学芸会でも一言も喋らないような役しかやった事無かったがサンミュージックのお偉いさん達の前でやった事もない演技を披露して面接もなんとなくこなす。

そういえば時代劇に出たらどんな感じになるのかと言って前髪を上げた顔写真も何枚も撮られた記憶がある、なんでか分からないけど。

結局なぜか合格するも養成所にはお金がかかるし気もなかったので辞退。

今思えばある意味良い経験ではあった。

ちなみに母親が勝手に履歴書を送った理由は

「ダラダラ家でテレビドラマばっか観てるから」

という今考えてもなかなか理解できないぶっ飛んだ理由であった。

  • 中学2年(14歳)

悪い事がするのがカッコいいという中2ありがちの状態になる。

1ヶ月の中9割以上遅刻をして学校に行っていた時期もあった、いや、でも遅刻しても学校にはちゃんと行っていた。

  • 中学3年(15歳)

正直当初高校にはあまり行く気はなかった、けどこの年の夏に増水した川で冗談抜きに溺れて数分間水中に飲み込まれ、結局諦めてもがくのをやめたら川の流れに流されて運よく浅瀬に流れ着く(本当に怖いから川での遊びは本当に気を付けて!)

たまに夢を見たり、ふと思い出すけど10年近く経った今でも震えるほど恐怖を感じる。

こんな経験はもちろん初めてで、以後はある意味救われた人生だと思って高校に行ってみようと考える。

今でもつらい事があったとしてもこの事を思い出して「あれ以降は運よく救われた、生かされた人生なんだ」と思うと悩みなんて小さく思えて頑張れるようになりました(ターニングポイントNo.1)

受験高校は一個だけに絞ってこれで落ちたら縁が無かったという事で…という形で受ける。

素晴らしいとは決して言えないものの偏差値40台の山の中にある田舎公立高校へ進学

中学3年生時代の3学期間の技術教科+英語の通知表(5段階評価)ですが英語はずっと3だったんですね、英語の上にあるというだけで技術家庭科の1を晒すことになってしまい恥ずかしい…国数社などはあまりに酷かったため飛ばしました(笑)

この時期にボクシングを始める、かわいがってもらいたくさんの事を学ぶ。

  • 高校1年(16歳)

同高校定期テストの科目全体で学年全体で下から2番目になる。

数学Ⅰ、数学A、家庭科、古文など複数教科で落第し、高校1年にして留年を賭けた追認試験を受ける事になる、なんとか全部パス。

知り合いの塗装屋で雇ってもらい「仕事とは」という事を厳しく教わる。

遅刻癖はまだ治らない、何枚も始末書を書いた。

  • 高校2年(17歳)

高校にむちゃくちゃ美人の英語教師が赴任してくる、そんな低俗な理由から態度を改め英語を頑張る事を決意。

ただ英語を何となくやっていくうちに英語自体に興味が出てきて、英語ができるわけでも無いのに洋画、海外ドラマ、洋楽などにのめり込む(ターニングポイントNo.2)

この出会いが無ければ英語なんて勉強してなかったし興味も無かった。

  • 高校3年(18歳)

そもそも高校も行かないと思ってた人間なのでましてや大学に行こうとなんて思った事は一度たりとも無かった、けど英語をもっと勉強してみたいと思い母親に話してみるも

「日本で英語勉強してできるようになる訳ないやん、どうせ遊ぶだけや」

的な事を言われて一蹴される。

「英語やりたいんなら海外行けるくらいまず日本で独学で頑張ってみいや」

怒られたり煽られたりすると逆にやる気がみなぎるタイプなので、そこで火がつきこの1年で英語のレベルが海外の大学に行けるレベルにならないなら大学は行かない、センター試験も大学入試も一切やらないという決意を固める。

ひと夏勉強をして2011年11月TOEFLを受けるも49点(TOEIC換算480点)という絶望的な点数を叩き出してしまう

その後ありとあらゆる勉強法を試して自分で考えに考え抜き、遊びは一切封印して図書館に籠り続け、絶望のTOEFLからたった4ヶ月後にIELTSを受け全体6.5点(TOEIC820~860点)まで成長させ海外大学進学を勝ちとる。

  • 18歳

高校卒業後はすぐに朝昼に運送会社、夜にバーで毎日働き資金を作っていた。

ただ思った以上にこの年の生活が楽しくてずっとこのままでもいいかも…と思ってしまう。

  • 19歳

自分の中では勉強したつもりだった、でも初めての海外。

飛行機の乗り方も分からない、そんな状態で実際にイギリスに行って生活してみると勉強したつもりだった英語が通用しない。

英語も周りよりもできない、理解してもらえない、英語もイギリスの文化も理解できない事がたくさん…悔しくて悔しくてたまらなかった。

ここでもう一度英語の勉強を見直す。

  • 20歳(大学1年生)

晴れてイギリス東部の国立大学に正規で入学し、メディア学、映画学を専攻する。

この年に今も付き合っているイギリス人の彼女とパーティーで出会う。

そしてその後3年間ずっと働く事になるパブに奇跡的にバーテンダーとして拾ってもらえる(ターニングポイントNo.3)

遊びにも精力的になり過ぎてパーティーによく現れるアジア人として認知されてしまう。

恥ずかしくも色々あって人生で初めて救急車に乗り5日間入院、まさか初がイギリスになるとは…イギリスは医療費が無料だったのは本当に感謝してもしきれない。

  • 21歳(大学2年)

この年はとにかく学業とバイトの2つが毎日詰め詰めで精一杯。

この時期から英語でほぼ完ぺきに自分の言いたいことを表現したいニュアンスで話し、リスニングでミスする状況がほとんどなくなる。

多分英語力が一番伸びた。

  • 22歳(日本に一時帰国)

資金面で問題があり一年イギリスの大学は休学して一年日本で英会話講師兼営業として働く。

初日から生意気にも「この教材や教え方で英語ができるようになるんですかね?」と噛みついたり思った事をなんでも言ってしまうイタい海外かぶれっぷりを発揮する。

でもありがたい事に1年で言葉遣いや立ち振る舞い、謙虚さなどすべて矯正される。

実はこの経験に凄く感謝していて、イギリスでは郷に入っては郷に従えを実践していたのに日本に戻ってきたら日本の郷に入っては郷に従えができなくなっていた事を本当に恥ずかしく思い、猛省しました。

これ以降「海外ではこうだから」「なんで日本は…」という浅はかな考えが消える。

ついでに英検1級を一発で合格

  • 23歳(大学3年生)

1年休学していたので一緒の時期に大学入学した同期の人たちや、数人知っていた日本人の方々はもう卒業していたので、この1年は地元地域のパブで出会うおじいちゃんやおばあちゃん、働いていたパブの常連さんが一番の友達になる。

もちろんYouTubeで日本語の動画を見たり、Yahooニュースで日本語のニュースを読んでいたけどこの年はマジで実際に口に出して日本語で会話したのは数えるくらい。

大学はそこそこ良い成績で卒業。

イギリスでの就職も少し考えたもののビザのハードルが高いのと、客観的に見てイギリスでの自分の価値ってめちゃくちゃ低いじゃんという事に気づき日本帰国を決める。

イギリスで出会ったお世話になった方々に別れを告げる。

先述したようにこの年は日本語で会話する機会がほとんどなく、そこにフラストレーションも少し溜まっていたので、日本語でアウトプットする場としてこのブログ「ライフタイムラーナー」を開設。

  • 24歳

卒業後、せっかく最後日本に帰るなら一番安い経路で経由して1ヶ月ちょっと人生初のバックパッカーでもやってみようと思い彼女とイギリスからオスロ→タイ→ベトナム→台湾にを経由して日本に戻る。

格安ホステルに滞在するいわゆる世界中のバックパッカーの人たちって意外とほとんどの時間ホステルでたむろしてるだけなんやなーと若干幻滅したのと共に自分は二度とバックパッカーはやらないと誓う(笑)

日本に文字通り一文無しで帰る、言うまでもなく就活するお金すらないので地元の土木作業員になる。

土木作業、外仕事の居心地が良くてやっぱりここが俺がいるべき場所なのかなぁなんて思うものの、この時期から朝6時に起きて外仕事をして帰ってきて夜中までフリーランスで翻訳をしたりブログの記事を書き続けるという生活を始める。

  • 25歳

ブログも続けていたところ想像以上にPVがグンと増えて収益もかなり発生するようになり、フリーランス翻訳でも結構稼げるようになってしまう。

作業現場が一旦区切りになったのでフルタイムで全部時間を自分の仕事に注いでみたらどうなるだろう、と思い土木作業員を辞めてから3ヶ月本気でやってみよう、ここで失敗したら諦めて就職しようと考える。

その3ヶ月でさらに想像以上のお金を稼ぐことができたので、中期的な目標を設定して当面は個人事業主としてチャレンジしようと誓う(甘い世界ではないというのは重々承知しているのでもしその目標に達成しなかったらスパッと全部やめます)

  • 26歳

初の確定申告などをしたり、それ以外にも色々個人事業主っぽいことを経験。

イギリス時代から付き合っている彼女が日本に来て一緒に住み始める。

一応現在ここです。

初めてこれまでの人生を自分で振り返ってみたけど、色々なターニングポイントあった中で今思うのは、まず出会いと運に恵まれていたという事。

1つでも起こらなかったり、違う道に進んでいたら確実に全く違う人生を送ってきたはず。

感謝してもしきれない人はたくさんいます。

でもそれと同時に僕はあんまりプライドが無く能天気な人間なので違う道に進んでいても恐らく何かしら楽しく生活していたのかな、とも思ったりします。

そして僕はライフタイムラーナーになった

そしてこのブログはそんな僕が体験、経験してきた事を基に記事を書いています。

偏差値40台の高校内で底辺だった僕の海外留学話であったり苦労、楽しかったこと、こんな僕だからこそ見つけられた有益な情報、イギリスの大学で取得したメディアや映画に関する情報を発信しています。

2019年7月からツイッターにも力を入れており英語の情報を毎日更新しています。

しかしツイッター上で交流するお友達がほとんどいないので英語の質問でもなんでもコメントしてくれたり交流してくれるととても喜びます。

ツイッターでJINをフォローする

私JINが運営する別のサイト

  • SCRATCHH CO

こちらのサイトでは超効率的な英語学習に特化して記事を書いています。

留学情報だけでなく英語学習の方法などを知りたい方にとてもおすすめです。

>>超効率的英語学習のSCRATCHH COはこちらから

  • Scratchh

先ほども言いましたが中学時代家庭科の5段階評価で1を取り、高校時代は家庭科で落第して追認試験を受けた僕ですが趣味は料理です。

イギリスに住んでいた頃はお金がなく日本食料理屋に行く事ができず、そこでイギリスにある普通のスーパーに売っている食材を駆使して安く日本食を作る事で料理がどんどん好きになっていきました。

この「Scratchh」ではその当時の真逆で、英語ができるようになったから苦が無く読める海外レシピを参考にし、日本の普通のスーパーで売っている食材を使った海外料理レシピを載せています。

写真撮影をなんとか頑張ろうとしていますが奥が深く難しいです…

>>SCRATCHHはこちらから

  • インスタグラム

インスタグラムでは基本的に先述のレシピサイト「Scratchh」の料理画像のみをアップしています。

>>JINのインスタグラムはこちらから

  • 合格できるA-KEN研究所

特に意味はありませんがなんとなく別名義で運営しています。

英検1級まで取得し、英語講師時代は英検の指導もしていた経験から英検だけに特化したサイトを作っています。

>>合格できるA-KEN研究所はこちらから

  • この記事を書いた人
  • 最新記事
JIN

JIN

偏差値40台のおバカ高校を卒業後奮起し独学でイギリスにある大学に正規入学し卒業。 英語のエの字も知らなかったが今では英検1級も取得。 英会話を教えたり翻訳をしたりブログ書いたり…

更新日:

Copyright© ライフタイムラーナー , 2019 All Rights Reserved.