プロフィール

 

こんにちは!「ライフタイムラーナー」管理人のJINです。

 

当ブログにおける主な内容

  • 私自身が知っておきたかった英語学習に関する情報
  • イギリスに関する情報
  • 英語の資格対策

 

偏差値40の公立高校時代から独学で英語を勉強してイギリスの大学に入学し、卒業した経験の中で自分が知っておけばよかったーというような情報をこのブログで還元そして発信しています!

 

当ブログ管理人プロフィール

 

簡単な経歴・プロフィール

  • 1993年:愛知県生まれ
  • 2009年:田舎にある偏差値40台の公立高校に進学
  • 2011年:英語を始める
  • 2012年:高校卒業
  • 2013年:イギリス東部にあるイーストアングリア大学に入学
  • 2016年:日本英語検定1級取得
  • 2017年:イーストアングリア大学卒業&ブログ解説
  • 2020年:イギリス時代から付き合っていたイギリス人と結婚

 

英語に出会う前の自分

 

特筆する事はない、スポーツくらいしか大した取り柄は無かった。

ただスポーツもムラがあり過ぎてサッカーの大会で最優秀選手賞を何回か貰った事があるが、凄く良いプレーをたまにしても次の試合からずっと全くダメ、また1回だけ活躍するという事が多く基本定位置は2軍、2軍のキャプテン…

 

気分屋で忘れ物多いじっとしていられない子供。

 

ただ作文とか読書感想文を書くのはめちゃくちゃ速かったと思う(内容が伴っているとは言っていない)

 

中学1年

 

母親に勝手に履歴書を芸能事務所に送るというエピソードがよくテレビでやっていますが、正にそれをうちの母親にやられる。

 

書類選考、一次選考を通過した事さえその日まで知らされず行く先を騙された挙句オーディションに連れていかれる。

小学校の学芸会でも一言も喋らないような役しかやった事無かったがサンミュージックのお偉いさん達の前でやった事もない演技を披露して面接もなんとなくこなす。

 

そういえば時代劇に出たらどんな感じになるのかと言って前髪を上げた顔写真も何枚も撮られた記憶がある、なんでか分からないけど。

結局なぜか合格するも養成所にはお金がかかるし気もなかったので辞退。

 

今思えばある意味良い経験ではあった。

 

ちなみに母親が勝手に履歴書を送った理由は「ダラダラ家でテレビドラマばっか観てるから」という今考えてもなかなか理解できないぶっ飛んだ理由であった。

 

中学2年

 

悪い事がするのがカッコいいという中2ありがちの状態になる。

 

1ヶ月の中9割以上遅刻をして学校に行っていた時期もあった、でも遅刻しても学校にはちゃんと行っていた。

 

中学3年

 

正直当初高校にはあまり行く気はなかったけど、この年の夏に川で溺れて数分間水中に飲み込まれたが運よく生き残った。

10年近く経った今でも思い出すと震えるほど恐怖を感じる。

 

こんな経験はもちろん初めてで、以後はある意味救われた人生だと思って高校に行ってみようと考える。

 

今でもつらい事があってもこの事を思い出して「あれ以降は運よく救われた、生かされた人生なんだ」と思うと悩みなんて小さく思えて頑張れるようになった。

受験高校は一個だけに絞ってこれで落ちたら縁が無かったという事で…という形で受ける。

 

素晴らしいとは決して言えないものの偏差値40台の山の中にある田舎公立高校へ進学。

 

中学3年生時代の3学期間の技術教科+英語の通知表(5段階評価)ですが英語はずっと3だったんですね。

技術・家庭科は1…

 

この時期にボクシングを始める。

高校1年

最初の定期テストの科目全体で学年全体で下から2番目になる。

数学Ⅰ、数学A、家庭科、古文など複数教科で落第し、高校1年にして留年を賭けた追認試験を受ける事になるもなんとかパス。

 

というのも対策プリントと称して前日に配られた問題とほぼ全く同じ問題が出題された為、つまりほぼ答え同然のものが前日に配られていた…

知り合いの塗装屋で雇ってもらい「仕事とは」という事を厳しく教わる。

 

遅刻癖はまだ治らない、何枚も始末書を書いた。

 

高校2年

 

高校にむちゃくちゃ美人の英語教師が赴任してくる、そんな低俗な理由から態度を改め英語を頑張る事を決意。

 

ただ英語を何となくやっていくうちに英語自体に興味が出てきて、英語ができるわけでも無いのに洋画、海外ドラマ、洋楽などにのめり込む。

この出会いが無ければ英語なんて勉強してなかったし興味も無かった。

 

 

高校3年

 

そもそも高校も行かないと思ってた人間なのでましてや大学に行こうとなんて思った事は一度たりとも無かった、けど英語をもっと勉強してみたいと思い母親に話してみるも

「日本で英語勉強してできるようになる訳ないやん、どうせ遊ぶだけや」的な事を言われて一蹴される。

 

「英語やりたいんなら海外行けるくらいまず日本で独学で頑張ってみいや」

怒られたり煽られたりすると逆にやる気がみなぎるタイプなので、そこで火がつきこの1年で英語のレベルが海外の大学に行けるレベルにならないなら大学は行かない、センター試験も大学入試も一切やらないという決意を固める。

 

ひと夏勉強をして2011年11月TOEFLを受けるも49点(TOEIC換算480点)という絶望的な点数を叩き出してしまう。

 

その後ありとあらゆる勉強法を試して自分で考えに考え抜き、遊びは一切封印して図書館に籠り続け、絶望のTOEFLからたった4ヶ月後にIELTSを受け全体6.5点(TOEIC820~860点)まで成長させ海外大学進学を勝ちとる。

高校卒業からイギリスに行くまで

 

高校卒業後はすぐに朝昼に運送会社、夜にバーで毎日働き資金を作る。

 

自分の中では勉強したつもりだった、でも初めての海外。

飛行機の乗り方も分からない、そんな状態で実際にイギリスに行って生活してみると勉強したつもりだった英語が通用しない。

 

英語も周りよりもできない、理解してもらえない、英語もイギリスの文化も理解できない事がたくさん…悔しくて悔しくてたまらなかった。

ここでもう一度英語の勉強を見直す。

大学1年

 

晴れてイギリス東部の小さな街「ノーリッチ」にある国立大学、イーストアングリア大学に正規で入学し、メディア学、映画学を専攻する。

この年にのちに結婚するイギリス人の彼女とパーティーで出会う。

 

そしてその後3年間ずっと働く事になるパブに奇跡的にバーテンダーとして拾ってもらえる。

 

恥ずかしくも色々あって人生で初めて救急車に乗り5日間入院、まさか初がイギリスになるとは…イギリスは医療費が無料だったのは本当に感謝してもしきれない。

 

大学2年

 

この年はとにかく学業とバイトの2つが毎日詰め詰めで精一杯。

この時期から英語でほぼ完ぺきに自分の言いたいことを表現したいニュアンスで話し、リスニングでミスする状況がほとんどなくなる。

 

英語講師時代

 

資金面で問題があり一年イギリスの大学は休学して一年日本で英会話講師兼営業として働く。

初日から生意気にも「この教材や教え方で英語ができるようになるんですか?」と噛みついたり、思った事をなんでも言ってしまうイタい海外かぶれっぷりを発揮する。

 

でも1年で言葉遣いや立ち振る舞い、謙虚さなどすべて矯正される。

 

実はこの経験に凄く感謝していて、イギリスでは郷に入っては郷に従えを実践していたのに日本に戻ってきたら日本の郷に入っては郷に従えができなくなっていた事を本当に恥ずかしく思い、猛省しました。

 

これ以降「海外ではこうだから」「なんで日本は…」という浅はかな考えが消える。

 

英検1級は一発で合格

大学3年生

 

1年休学していたので一緒の時期に大学入学した同期の人たちや、数人知っていた日本人の方々はもう卒業していたので、この1年は地元地域のパブで出会うおじいちゃんやおばあちゃん、働いていたパブの常連さんが一番の友達になる。

 

この年はマジで実際に口に出して日本語で会話したのは数えるくらい。

大学はそこそこ良い成績で卒業。

 

イギリスでの就職も少し考えたもののビザのハードルが高いのと、客観的に見てイギリスでの自分の価値ってめちゃくちゃ低いじゃんという事に気づき日本帰国を決める。

 

先述したようにこの年は日本語で会話する機会がほとんどなく、そこにフラストレーションも少し溜まっていたので、日本語でアウトプットする場としてこのブログ「ライフタイムラーナー」を開設。

 

日本帰国後

  • せっかく最後日本に帰るなら一番安い経路で経由して1ヶ月ちょっと人生初のバックパッカーでもやってみようと思いイギリスからオスロ→タイ→ベトナム→台湾にを経由して日本に戻る。
  • 格安ホステルに滞在するいわゆる世界中のバックパッカーの人たちって意外とほとんどの時間ホステルでたむろしてるだけなんやなーと若干幻滅したのと共に自分は二度とバックパッカーはやらないと誓う。
  • 日本に文字通り一文無しで帰る、就活するお金すらないので地元の土木作業員になる。
  • 外仕事の居心地が良くてやっぱりここが俺がいるべき場所なのかなぁなんて思うものの、この時期から朝6時前に起きて外仕事をして帰ってきて夜中までフリーランスで翻訳をしたりブログの記事を書き続けるという生活を始める。
  • 作業現場が一旦区切りになったのでフルタイムで全部時間を自分の仕事に注いでみたらどうなるだろう、と思い土木作業員を辞めてから3ヶ月本気でやってみよう、ここで失敗したら貯めたお金で就活しようと考える。
  • 中期的な目標を設定して当面は個人事業主としてチャレンジしようと考える。
  • 2020年に結婚。

 

初めてこれまでの人生を自分で振り返ってみたけど、色々なターニングポイントあった中で今思うのは、まず出会いと運に恵まれていたという事。

 

1つでも起こらなかったり、違う道に進んでいたら確実に全く違う人生を送ってきたはず。

感謝してもしきれない人はたくさんいます。

 

でもそれと同時に私はあんまりプライドが無く能天気な人間なので違う道に進んでいても恐らく何かしら楽しく生活していたのかな、とも思ったりします。

 

そして私はライフタイムラーナーになった

 

そしてこのブログはそんな私が体験、経験してきた事を基に記事を書いています。

 

偏差値40台の高校内で底辺だった私の海外留学話であったり苦労、楽しかったこと、こんな私だからこそ見つけられた有益な情報、イギリスの大学で取得したメディアや映画に関する情報を発信しています。

2019年7月からツイッターにも力を入れており英語の情報を毎日更新しています。

 

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2017年6月6日

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